木霊、言霊。

備忘録か、遺言か、ラブレターか。

彼女のいない世界で

二〇一七年七月二日。

一年前の今日、僕は大切な家族を失った。

 

彼女は、人間ではない。

だけど、僕にとっては長い時間を共に過ごした大切な家族だった。

 

誰よりも活発で。

誰よりも好奇心旺盛で。

誰よりも臆病で。

誰よりも一生懸命で。

誰よりも正直で。

誰よりも無邪気で。

誰よりも優しくて。

誰よりも温かくて。

 

彼女は人間ではないけれど、人間の僕よりもずっと人間らしい心の持ち主だったと思う。

 

そんな彼女のことが、僕は大好きだった。

 

心から、彼女のことを愛していた。

 

 

 

彼女が、僕よりも先にこの世を去ってしまうということは分かっていた。

"その時"が、確実に近付いているということは分かっていた。

 

大切なものは失うまで気が付かないなんて、馬鹿げている。

大切なものだからこそ、失う前に気が付くことが出来る。

 

後悔するなんて、御免だ。

後悔させるなんて、御免だ。

 

だから、出来るだけ傍にいた。

だから、出来るだけ一緒にいた。

 

彼女と過ごす日々が、僕の宝物だった。

彼女と過ごす日々が、僕の全てだった。

 

 

 

 

 

そして、"その時"は訪れた。

 

自分なりに、受け止める覚悟はしていたつもりだった。

それなりに、受け入れる覚悟はしてきたつもりだった。

 

それまでの生活が嘘だったかのように、あまりにも呆気なく彼女は灰になってしまった。

それまでの日々が夢だったかのように、あまりにも素っ気なく世界は廻り続けていた。

 

彼女は、もういない。

彼女は、何処にもいない。

 

姿も、声も、匂いも、温もりも。

もう、何処にもない。

 

僕は、彼女に何を教えてあげられただろう。

僕は、彼女に何を与えてあげられただろう。

彼女は、僕に何を教えてくれただろう。

彼女は、僕に何を与えてくれただろう。

 

もっと、こうしていれば。

もっと、ああしていれば。

 

実感なんて持つことが出来ないまま、一年という時間が過ぎた。

泣きたくても泣くことが出来ないまま、一年という時間が過ぎた。

 

まだ何処かに、彼女がいるような気がしてしまうのだ。

まだ何処かで、彼女が生きているような気がしてしまうのだ。

 

この手で、確かめた筈なのに。

この目で、見送った筈なのに。

 

嘘のような日々を、僕は生きている。

夢のような現実を、僕は生きている。

 

 

 

 

 

一年という月日が過ぎて、彼女のいない世界に少しだけ慣れてきた。

一年という月日が過ぎて、彼女のいない世界で生きている僕は少しだけ変わった。

 

正直、今でも思い出す。

正直、今でも夢を見る。

正直、今でも会いたくなる。

正直、今でも恋しくなる。

 

それでも、彼女のいない現実を受け止めなければならないのだと思えるようになった。

それでも、彼女のいない世界で生きていかなければならないのだと思えるようになった。

 

少しだけ、現実を見つめられるようになった。

少しだけ、世界を愛することが出来るようになった。

 

 

 

 

 

大切なものは失うまで気が付かないなんて、馬鹿げている。

大切なものだからこそ、失う前に気が付くことが出来る。

 

僕はかつて、そう思っていた。

だけど、本当は違うのだ。

 

 

 

人は、自らの大切なものに気が付いている。

人は、自らの大切なものを大切にしようとしている。

人は、それが自らにとってどれくらい大切なものなのかということが分からないだけなのだ。

大切なものの本当の大切さを実感することの出来る瞬間が、大切なものを失った時なのだ。

 

 

 

僕は、彼女から最期にそれを教わった。

最期の最期に、彼女はまた一つ大切なことを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

二〇一七年七月二日。

一年前の今日、僕は大切な家族を失った。

 

誰よりも活発で。

誰よりも好奇心旺盛で。

誰よりも臆病で。

誰よりも一生懸命で。

誰よりも正直で。

誰よりも無邪気で。

誰よりも優しくて。

誰よりも温かくて。

 

人間ではないけれど、人間よりも人間らしい。

 

彼女は、もういない。

彼女は、もう何処にもいない。

 

姿も、声も、匂いも、温もりも。

もう、何処にもない。

 

 

 

でも、僕はあなたのことを絶対に忘れない。

 

あなたのお陰で、僕は今も生きているのだ。

あなたのお陰で、僕は今を生きているのだ。

 

あなたと出会ったこと。

あなたの隣にいられたこと。

あなたと生きたこと。

あなたを見送ったこと。

 

あなたと過ごした日々が、僕の宝物だ。

あなたと過ごした日々が、僕の全てだ。

 

無かったことになんか、しない。

無かったことになんか、させない。

 

後悔するなんて、御免だ。

後悔させるなんて、御免だ。

 

あなたが教えてくれたことは、今も僕の中で生きている。

あなたが教えてくれたことは、これからも僕の中で生きていく。

 

あなたが与えてくれたものは、今も僕の中で生きている。

あなたが与えてくれたものは、これからも僕の中で生きていく。

 

あなたはずっと、生きている。

あなたとずっと、生きていく。

 

あなたに怒られないように、精一杯生きていく。

あなたに笑われないように、精一杯生きていく。

 

 

 

その旅路の果てで。

 

もう一度、あなたに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

二〇一八年七月二日。

 

あなたのいない世界で、僕は生きている。

 

 

 

僕は、あなたのことが大好きだ。

 

心から、あなたのことを愛している。

 

 

 

 

 

僕は、あなたに会えて幸せでした。

 

ありがとう。

 

さようなら。