木霊言霊

備忘録か、遺言か、ラブレターか。

命に触れて、心は揺れる

一体誰がこんな一日が来ることを想像出来ただろうか。

 

昨日はいつもと変わらない夜だった。

今日もいつもと変わらない朝が来るものだと思い込んでいた。

 

"それ"は、突然訪れた。

日常は、非日常になった。

 

知っている街で、家が壊れた。

知っている街で、人が死んだ。

 

望んでいないのに、壊されたのだ。

望んでいないのに、奪われたのだ。

 

 

 

"それ"自体は初めてのことでは無い。

 

今までも、何度も見てきた。

今までも、何度も聞いてきた。

今までも、何度も経験してきた。

今までも、何度も学んできた。

 

そのつもりだった。

 

だから、後悔を一つも残さないように生きると決めたのだ。

だから、当たり前のことを当たり前のことだと思わないと決めたのだ。

だから、今日が人生最期の日だと思って生きると決めたのだ。

だから、明日死んでも構わないと思えるように生きると決めたのだ。

 

そのつもりだった。

 

ずっと、そのつもりだった。

 

 

 

だけど僕は、分かっているつもりになっていただけ、だったらしい。

 

自分が死ぬかもしれない。

家族が死ぬかもしれない。

友達が死ぬかもしれない。

大事な人が死ぬかもしれない。

 

もう、明日が来ないかもしれない。

 

そう思うと、本当に怖い。

いつ訪れるか分からない"それ"が、本当に怖い。

 

死にたくない。

死んで欲しくない。

生きていたい。

生きていて欲しい。

 

死を実感して初めて、強く生を実感している。

 

まだ、会いたい人がいる。

まだ、聴きたい声がある。

まだ、伝えたい言葉がある。

まだ、果たしたい約束がある。

 

まだ、死ぬわけにはいかないのだ。

まだ、死んで貰うわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

今日から一週間…特に二、三日の間は警戒する必要があるらしい。

 

きっと、不安な日々が続くことだろう。

きっと、心細い夜を過ごすことになるだろう。

 

だけど、僕は一人じゃない。

だけど、あなたは一人じゃない。

怖いのは僕だけじゃない。

怖いのはあなただけじゃない。

 

"それ"の恐怖を知ったからこそ、出来ることがある筈だ。

"それ"の恐怖を知ったからこそ、やるべきことがある筈だ。

 

正直、見ず知らずの人を信用するのは難しい。

だけど、今はそれで良い。

 

それぞれが。

それぞれの未来の為に。

それぞれの最善を尽くして。

それぞれの戦いをすること。

 

そんな歪な形の共同戦線が、今の僕らに出来るささやかな抵抗だ。

 

負けない為に、死なない為に。

 

まずはこの一週間を、共に戦おう。

 

 

 

 

 

 

 

長くなったけれど、最後にもう一言だけ。

 

 

 

本日亡くなられた方々のご冥福と、怪我をされた方々の少しでも早い快癒を心からお祈りします。

今以上の被害と、これ以上の犠牲者が出ないことを願うばかりです。

 

 

 

どうか、何事も無く朝を迎えられますように。

 

 

 

 

唯一無二の贈り物

今日は、父の日だ。

父に感謝の気持ちを伝える日だ。

 

ここ何年かは、ネクタイやハンカチ、酒などを店で買って来て、それを感謝の印として贈ることが僕の中で恒例となっている。

勿論、今年もそのつもりだったが、何故か今年は父の日を迎えた途端に、本当にこれで良いのだろうかと思ってしまった。

 

形はどうあれ、相手に想いを伝えることが大切だ。

ずっと、そう思っていた。

散々相手のことを考えて、散々悩み抜いて選んだものなら相手はきっと喜んでくれる。

ずっと、そう信じていた。

 

だけど、それはただの自己満足で、ただの独り善がりなのではないだろうか。

 

何故か不意に、そう思ってしまったのである。

 

 

 

幼い頃は、父の日には手紙を書いてそれを読み上げるだとか、そういう風なことをしていた記憶がある。

 

汚い字で、しわくちゃの紙で。

贈り物と呼ぶには、余りにもお粗末で。

何度も間違えて、何度もやり直した。

何度も書き直して、何度も破り捨てた。

 

だけど、懸ける心は本物だった。

だから、込める想いも本物だった。

 

世界に一つしかない、僕から父への手紙だ。

いろいろな意味で、唯一無二の贈り物だった。

 

 

 

だけど、今はどうだろう。

 

知らない誰かが作ったものを、金で買って、それを我が物顔で相手に贈っている。

確かに、僕が作るよりもずっと洗練されたものを相手に贈ることが出来るかもしれない。

 

しかし、その贈り物は誰かが作ったものであって、肝心の贈り物自体には僕の想いが宿っていない。

 

いつの間にか、相手に想いを伝えることが目的では無くなっていた。

いつの間にか、相手にものを贈ることが目的になってしまっていたのだ。

 

想いを伝えたいという気持ちが確かにある。

だからこそ、贈り物をしようと思ったのだ。

想いは目に見えないから、目に見える形で伝えようと思ったのだ。

言葉では形が残らないから、形の残るものを贈ろうと思ったのだ。

 

その心は紛れも無く、本物だ。

そうじゃなければ、最初から贈り物なんてしようとも思わない。

 

あの頃よりは、相手を想う心の大切さを強く感じるようになった筈なのに。

あの頃よりも、相手を想う心の純度が落ちてしまったように感じる。

 

 

 

 

 

形はどうあれ、相手に想いを伝えることは大切だ。

 

しかし、伝えるという行為そのものに重きを置くことで、何か見失ってしまっているものがあるのではないだろうか。

 

いつ、伝えるか。

何処で、伝えるか。

誰が、伝えるか。

何を、伝えるか。

何故、伝えるか。

どうやって、伝えるか。

 

伝わりさえすれば、何でも良いのだろうか。

伝えることさえ出来れば、何でも良いのだろうか。

 

僕にしか出来ない、伝え方がある筈だ。

あなたにしか出来ない、伝え方がある筈だ。

 

汚い字でも、しわくちゃの紙でも。

贈り物と呼ぶには、余りにもお粗末なものでも。

何度間違えても、何度やり直しても。

何度書き直しても、何度破り捨てても。

 

誰かの言葉では無く、あなたの言葉で伝えることにこそ価値がある。

誰かの心では無く、あなたの心を伝えることにこそ意味がある。

 

あなたの想いは、あなたにしか分からない。

あなたの手紙は、あなたにしか書くことが出来ない。

 

伝えたい人は分かっている。

伝えたいことは決まっている。

 

それだけあれば、大丈夫だ。

例え宛名が無くても、ちゃんと伝わる筈だ。

 

唯一無二の贈り物の差し出し人は、あなたしかいない。

唯一無二の贈り物の受け取り人は、あなたの心に住むあの人しかいない。

 

すぐに、伝えに行こう。

 

 

 

 

 

さて、何処から書き出そうか。

此処ではない何処かへ

僕は旅が好きだ。

趣味と呼べるほどではないかもしれないが好きだ。

 

 

 

今日、或る街を初めて訪れた。

ずっと行ってみたいと思っていた街の一つだ。

 

結論から言うと、本当に素晴らしい街だった。

 

音楽、美術、文学、歴史。

芸術や文化が深く生活に根差している街だった。

 

決して、都会と呼べるような街ではない。

だけど、都会には無い美しさがある街だった。

 

穏やかに流れ過ぎていく時間を、噛み締めるような切なさがあった。

人生を縫い合わせていく感覚を、大切にするような温かさがあった。

 

街を生かして、街に生かされる。

そんな生活が、その街にはあった。

 

僕の暮らしている街とはまるで違う生活が、その街にはあった。

 

 

 

この街で生きることが出来るなら幸せだろう。

この街で死ぬことが出来るなら幸せだろう。

そんな妄想をしてしまうくらいに、僕にとっては理想的な場所だった。

住めば都とは言うけれど、僕にとっては住まずとも都と言えるような場所だった。

 

僕は、たったの一日で知らない街に恋をしてしまった。

 

この想いは、ただの一目惚れのようなものなのかもしれない。

この想いは、ただの恋患いのようなものなのかもしれない。

この想いも、明日には忘れてしまうかもしれない。

あの想いは、一時の気の迷いだったと何食わぬ顔で生きていくのかもしれない。

 

ただ、思い出で終わらせるなんて勿体無いと思えるような、素晴らしい出会いだった。

 

 

 

 

今この瞬間も、それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの人生を生きている。

今この瞬間も、知らない誰かが、知らない場所で、知らない人生を生きている。

 

旅に出るということは、自分の知らない誰かの人生に触れる機会を持つということだ。

本来ならば出会うはずのなかった人と、出会うことの出来る運命を作り出すということだ。

 

誰かの生活に触れて、自らの生活を考える。

誰かの感情に触れて、自らの感情を考える。

誰かの人生に触れて、自らの人生を考える。

誰かの幸福に触れて、自らの幸福を考える。

 

そうして、人は心を育んでいく。

 

例え一人でも、心を育むことは出来ると思う。

 

しかし、世界を拒むことで見える景色があるのと同じように、世界に触れることで見える景色もあるのではないだろうか。

 

自らの作り上げた世界の小ささを思い知ることこそが、自らの作り上げた世界をより深く大きく進化させる為の糧になるのだ。

 

あなたが作り上げた箱庭のような世界など、壊してしまえば良い。

あなたを縛り付ける鳥籠のような世界など、壊してしまえば良い。

 

季節が何度も生まれ変わるように、心は何度でも生まれ変わる。

人間が何度も生まれ変わるように、あなたは何度でも生まれ変わる。

 

だから、心配はいらない。

 

旅に出よう。

 

あなたの知らない人が、あなたを待っている。

あなたの知らない場所が、あなたを待っている。

あなたの知らない考え方が、あなたを待っている。

あなたの知らない生き方が、あなたを待っている。

 

旅人になれ。

 

あなたの知らない、あなたに出会う為に。

 

 

 

 

 

世界の何処かで、あなたと会えたら。

ただの一人の旅人として、あなたと話がしたい。

マイノリティーであること

変な奴だと言われることがある。

良く分からない奴だと言われることがある。

 

それはそうだ。

 

僕とあなたは違う人間だ。

生物学上は同じ生き物でも、別の生き物だ。

生まれた場所も、育って来た環境も違うのだ。

同じ方が気持ち悪い。

 

あなたが僕に変な奴だと言うように、僕もあなたは変な奴だと思っている。

あなたが僕のことを分からないように、僕もあなたのことが分からない。

 

あなたの当たり前と、僕の当たり前は違う。

あなたの思う幸せと、僕の思う幸せは違う。

 

 

 

多数派だとか、少数派だとか。

それがそんなに大事なことなのだろうか。

誰もが多数派で、誰もが少数派。

それではいけないのだろうか。

 

多数決では、多数派が勝ってしまう。

その時、少数派の意志は何処に消えてしまうのだろう。

少数決では、少数派が勝ってしまう。

その時、多数派の意志は何処に消えてしまうのだろう。

 

多数派には多数派なりの、少数派には少数派なりの意志が其処にはある筈なのだ。

本来ならば、多数派とか少数派とか関係無く、それぞれの意志が尊重されて然るべしではないだろうか。

 

それぞれが意志を主張し始めればキリがないのは想像に難くない。

いつまでも議論をしているわけにはいかないことも重々承知している。

 

多数決の方が採用されやすい為に、少数派は肩身の狭い想いをすることが多い。

少数決の方が採用されたとしても、少数派の意見は分裂していることが多い。

 

少数派の意志が、日の目を見ることはないのだろうか。

 

全てを分かり合うなんて無理かもしれない。

全てを分かち合うなんて無理かもしれない。

 

それでも、多数派も少数派も関係無く、それぞれがそれぞれの意志を尊重し合えるような環境が生まれれば、これほど素晴らしいことはないと思う。

 

 

 

歩み寄る姿勢は大切だ。

だがそれ以上に、それぞれが自身の存在に誇りを持つことが大切だ。

 

変な奴だと言われたら、変な奴だと笑い返してやれば良い。

良く分からない奴だと言われたら、良く分からない奴だと笑い返してやれば良い。

 

誰が何と言おうと、あなたの個性を殺す理由にはならない。

あなたの個性は、あなただけのものだ。

 

 

 

一対一なら、あなたは誰にも負けない。

 

マイノリティーであることを恐れるな。

 

 

 

旅路

生きる為だと割り切って、沢山の荷物を捨てて来た。

中には捨てたくないものもあったが、それも捨ててしまった。

 

随分、身軽になった。

手元にはもう、大事なものしか残っていない。

大事なものの中から、僕はまた何かを捨てなければならない。

またいつか、何かを捨てなければならない時が必ず訪れる。

 

大事なものの中から優先順位の高いものを選んで手元に残す。

大事なものの中から優先順位の低いものを選んで捨てる。

 

大事なものに優先順位を付けられない僕は、子どものままなのだろうか。

大事なものに優先順位を付けるようになることが、大人になるということなのだろうか。

 

大事なものは大事なのだ。

大事なものだから失くしたくないのだ。

大事なものがあることが僕が僕のままでいられる理由なのだ。

本当に大事なものを失くした時、それでも僕は僕のままでいられるのだろうか。

 

大事なものを捨ててでも前に進むべきなのか。

大事なものを捨てずに進むことの出来る道を選んで進むべきなのか。

 

今の僕には分からない。

 

だけど、きっと。

その忘れ物が本当に大事なものなら、いつかまた思い出せる筈だ。

その落とし物が本当に大事なものなら、いつかまた拾いに行ける筈だ。

 

そう信じて、今は進むしかない。

 

この場所に一旦、置いて行くだけだ。

 

必ず、また迎えに行く。

 

必ず迎えに行くから、此処で待っていてくれ。

 

必ず帰って来るから、また僕を迎えてくれ。

 

 

 

旅路はまだ、続いている。

文無しの戯言

金がある人と、金が無い人。

本当に豊かなのはどちらだろう。

金で買えるものと、金で買えないもの。

本当に大事なものはどちらだろう。

 

確かに金はとても大事だ。

この世は金が全てだ、と言い切ることの出来る人も多くいることだろう。

確かに金があれば有利だ。

実際、金で解決出来ることは多いし、幾らあっても困ることはないだろう。

 

人それぞれの価値観がある。

人それぞれの生き方がある。

誰かの価値観を否定することなんて出来ない。

誰かの生き方を否定することなんて出来ない。

 

でも、金が全てだなんて余りにも悲しい。

僕はそう思ってしまう。

 

理想論だとか綺麗事だとか、言われてしまうかもしれない。

だけど、金で買えるものを大事にする生き方が許されるのなら、金で買えないものを大事にする生き方だって許されてもいい筈じゃないか。

 

 

 

ここで少しだけ恥を晒そう。

正直に言って、僕は金が無い。

もっと言うなら、地位も名誉も何も無い。

僕にあるのは、肥大した自意識と承認欲求、枯れてくれない表現欲だけ。

ただ、それだけだ。

所詮はそれだけの人間なのだ。

 

吐き出せない想いを吐き出しているだけ。

吐き出したい想いを吐き出しているだけ。

吐き出さないと破裂してしまいそうだから。

吐き出さないと壊れてしまいそうだから。

 

有り体に言えば、ただの排泄だ。

ただの自己満足でしかない。

だけど、吐き出しただけで少し満たされたような気がしてしまう。

その瞬間だけは、幸せなのだ。

その瞬間だけが、幸せなのだ。

 

だから僕は、必ずしも金と幸せがイコールで繋がるものだとは思わない。

 

 

 

自然に囲まれた場所で静かに暮らして。

湖の畔で揺れる水面を眺めて。

風の匂いに溶けた季節を感じて。

木漏れ日に包まれて微睡んで。

小鳥の囀りを目覚ましにして朝を迎えて。

波の音を子守唄にして夜を越えて。

月の光を頼りにして言葉を紡いで。

星を繋ぎ合わせるように音楽を作りたい。

 

今の僕が想う幸せは、これだけだ。

隣に誰かがいてくれれば、尚良いのかもしれないけれど。

 

しかし、残念なことに金が無ければ、生きてはいけないのだ。

必要最低限の金が無ければ、必要なことが何も出来なくなるのだ。

 

僕は僕の幸せの為に、金を稼がなければならない。

金では買えないものを手に入れる為に、金を稼がなければならない。

 

 

 

この世は金が全てだと言い切ったあの人を、否定するようなことはしない。

ただ、この世は金が全てだと言い切ったあの人を、否定出来るような生き方をしたい。

 

 

 

買えるものなら、買ってみろ。

売れるものなら、売ってみろ。

自由

自由になりたい。

 

やりたいことが出来なくて苦しい。

言いたいことが言えなくて苦しい。

行きたい場所に行けなくて苦しい。

会いたい人に会えなくて苦しい。

 

目に見えない何かに縛られて、いつの間にか何も出来なくなってしまった。

 

何かに縛られていることは分かっている。

それなのに、何に縛られているのかが分からない。

何かを失くしてしまったことには気が付いている。

それなのに、何を失くしてしまったのかが分からない。

 

目に見えない何かが存在することを、知らず知らずのうちに知り過ぎてしまった。

 

幼い頃は、何にでもなれるような気がしていた。

幼い頃は、何処にでも行けるような気がしていた。

 

今思い描いている自由と、あの日思い描いていた自由。

自由なようで不自由な僕と、不自由なようで自由な僕。

 

何処に行けば、本当の自由に出会えるのだろう。

いつになれば、本当の自由に出会えるのだろう。

 

自由に近付けば近付くほど、自由の輪郭がぼやけていく。

自由を求めれば求めるほど、自由の正体が分からなくなっていく。

 

自由になりたい。

 

ただ、それだけのことなのに。

 

自由になりたいと願う僕は、自由になりたいという想いの鎖に縛られてしまっている。

 

自由を愛してしまうこの宿命から解き放たれるには、どうすればいいのだろう。

 

 

 

 

自由よ、どうか教えてくれ。